路上のバッハ弾き
授業が終わって、何の気なしにキャンパス横のバス停でバスを待っていたら、雑踏の中から忽然とヴァイオリンの音が響いてきた。バッハの無伴奏パルティータ2番のアルマンド。見ると、横断歩道の向こうの路上で、ヒッピー風の若者が金髪のドレッドヘアを揺らしながら弾いている。
バークレーでは路上音楽家によく出会う。大抵は、カフェのある広場だったり、ファーマーズマーケットだったり、地下鉄の構内だったり。ジャンルも、カントリーやポップスなど軽いものがほとんどで、周囲にたのしそうな見物人の輪ができている。結構うまい人が多いので、出会うと「ラッキー」という感じなのだが、今回はいかんせん場所が悪すぎる。ダウンタウンの道路の真ん中で、しかもバッハ。車の行き交う音やクラクションにかき消されて、演奏を聞こうにも一部しか聞こえない。通行人もみな足早に通り過ぎて、一瞥だにしない。そんな中、薄汚い服の若者が場違いに奏でるバッハの音楽は、痛いほどの説得力があって、普段は気にもとめない日常のダウンタウンが、まるで違う光景に見えた。
予期せぬ生き物
妻A子さんの菜園作りがやっと軌道に乗り始めた。家族寮のコミュニティガーデンに正規の区画をもらい、毎日のように通って耕している。
危ないものがない畑は、子どもの遊び場としても最適。日曜日、家族そろって出かけると、畑の中に何やら予期せぬ生き物が・・・。
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Category : 北カリフォルニアでの日々
coyaよ、永遠に
逗子のカフェ、coyaが閉店する。
葉山に住んだ4年間、何度も足を運んで、しずかな、幸せな、大切な時間を過ごさせてもらった名店。すべてが美味しく、すべてが調和し、すべてが深い余韻に満ちていた。じんとするほど丁寧に淹れられたブラックコーヒー。楽園のようなフレンチトースト。あの空間が、ただ好きだった。行き過ぎると失われてしまうような気さえして、行く頻度を控えていたほどだった。帰国したら、また当然行かせてもらうつもりでいたのに、そして「お帰りなさい」と笑顔で迎えてもらうつもりでいたのに、もう二度とあの空間を踏めないなんて、不覚にも涙が出そうになる。
少しずつ侵食する震災の影響。しかし彼らの選択は偉大だ。私たちひとりひとりが、今回の出来事を、こんな風に真面目に、前向きに、大胆に受け止めていける限り、未来はきっと良い方向に開けていくに違いない。
coyaよ、ありがとう!そして、これからの新しい展開を、心から応援しています!
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Category : 北カリフォルニアでの日々
わがソウルフード
久々に体調を崩したので、ここ数日は、きわめて自重した食生活に。朝に海苔むすびをひとつ、昼に海苔むすびをひとつ、夜は海苔むすびをひとつか、あっさりとした麺、という生活を何日か続けたら、身体の快適な感覚を思い出した。大切に頂くおむすびは、この世のものとも思えぬ美味しさで、食のありがたさがしみじみと感じられる。つくづく、おむすびはわがソウルフードだ。
金曜夜から日曜朝にかけては、38時間断食を続けてみた。すると、頭が異様に冴えて、視界にチカチカと光が飛び始めた。「お、もうすぐ何かが見え始めるかも」と思ったが、そこに行く着く前にフラフラで立てなくなり、観念して栄養摂取を再開(顰蹙な父親だ)。縮小した胃にいきなり固形食を入れるのは恐かったので、まずは梅醤番茶を飲み、妻に作ってもらったくず練りを食べ、棚に残っていたミキプルーンを舐める。さらに、これまた棚に残っていた玄米酵素を4袋食べ、梅干しをひとつ、そして、味噌を海苔に巻いて食べてみる。おいしい。こんな時、まかりまちがっても洋風のものは欲しくならない。いつもは、パスタだ、リゾットだ、ピザだ、と騒いでいるくせに、不思議なものだ。
明日の朝も、炊き立てのご飯が食べられる。そのことをつくづく有難いと思ったこの数週間。
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四人暮らし、始まる
6ヵ月間お世話になった妻の母T子さんが、ついに日本に帰国した。当初の帰国予定日の6日前に震災が起こり、迷った末にビザを延長し(その手続きの面倒くさかったこと!)、帰国を2週間遅らせたのだった。もう既に永遠にこちらにいるような気持ちがするほど、様々な出来事があったこの半年。本当にお世話になりました。
そして、いよいよ家族だけの生活が始まる。張り切っていきたいところなのに、ここのところ課題やテストが立て込んでいた自分は(「ここのところ」というか「ずっと」なのだが)、いきなり体調を崩して(またしても原因不明の歯痛)小休止を余儀なくされたけれど、ちょうど初夏のさわやかな風情が漂い始めたバークレーは殊のほかうつくして、自転車に乗ってペダルを漕いでいると、柄にもなく「がんばるぞー」という気持ちになる。