2016.05.13 Friday

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2013.07.01 Monday

環境政策の目指すもの
〜ゼロ・ウェイストという選択

町役場でごみ担当をした数年間は、本当にたのしかった。もちろん嫌なことは数えきれないほどあったけれど、やりがいの方が遥かに上回っていた。新首長の政策転換により、わが町はゼロ・ウェイスト(=ごみゼロ)という、世界でもっとも大胆ですばらしいゴールに挑戦することになったのだ。まさか、小さな保守的な町役場で、こんな世界レベルにリベラルなプロジェクトに携わるチャンスが訪れようとは、思ってもみなかった。

ゼロ・ウェイストがなぜすばらしいか。それはまず、誰が何と言おうとも、ごみはゼロになるのが望ましいに決まっているからだ。自分の大好きなキャッチフレーズに、「If you are not for zero waste, how much waste are you for?」というのがある(=「ゼロ・ウェイストを支持しないのなら、どの量のごみを支持するの?」)。焼却や埋め立てをやめ、生ごみや草木はきちんと土に還し、金属やガラスはリサイクルし、限りある石油などの天然資源を浪費せず、リサイクルできないものは最初から作らず、ごみができるだけ出ない社会を目指す。真に持続可能な未来を志向するなら、これこそが目指すべき道なのは分かりきっている。

しかし、そんなことが本当に可能なのか。
既に「持続ほぼ不可能」な現代を生きる我々にとって、それはあまりに非現実的な目標に聞こえるだろう。そのとおり、常識論でははっきり言って無理である。にも関わらず、そんな大それた目標を、今、カリフォルニア、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど、世界で数十を超える自治体が公式の目標として採択し、大きな政策転換のうねりが広がっている。

なぜか。

それは、ごみの大幅減量が実は可能だからである。私たちが「ごみ」と思っているものの中身を見てみれば一目瞭然で、たとえば日本なら、住民の出す「燃えるごみ」の実に80パーセントが、本来なら資源化可能なのである(にも関わらず、実際には焼却されている)。内訳を見てみると、自治体にもよるが、「燃えるごみ」の40〜50パーセントは資源化可能な生ごみで、20パーセント前後は紙。その他、草木や布、リサイクルできるプラスチックなどを合わせれば、それだけでゆうに80パーセントを超える。もちろん、このすべてが「現実的に」資源化できるとは考えにくいが、それでも、政策次第では―そして私たちの心がけ次第では―その大半を今すぐに焼却から救い出せてもおかしくないはずなのである。

私たちは日ごろ、「こんなにもたくさんのごみを燃やさなければならない」と思い込んでいる。でも、その大半がきちんと資源化されるようになれば、「何が本当のごみなのか」が見えてくる。ごみを60パーセント、70パーセント、80パーセント減らし、最後に残った「どうしようもないごみ」を見て、初めて「なぜごみがゼロにならないか」が見えてくる。それを直視し、産業界にも「ごみにならない製品づくり」を呼びかけ、社会全体にイノベーションが起これば、「不可能」だったはずのゼロ・ウェイストは、手の届く現実にまで近づいてくる。逆に言えば、今の社会においては、こうするよりほか、ごみが本当にゼロになる(または近づく)道筋は見えてこない。

「ゼロ・ウェイスト目標」の最大の価値はここにある。現実路線で「できそうなこと」から考えるのではなく、究極のゼロ目標を見据え、「どうすればそこに近づけるのか」をまず考える。その過程で、現実路線なら30パーセント減らすのがせいぜいだったはずのごみを、60パーセント、70パーセント、80パーセント減らしていく。これは、ごみだけでなく、気候変動や、再生エネルギーなど、さらに重大な分野にも応用可能な考え方だろう。アメリカのサンフランシスコは既にごみの資源化率を80パーセントの大台に乗せることに成功したし(詳細は後日)、60パーセントを超えた自治体も少なくない。日本でも、地方の小規模な自治体を中心に、7つの自治体が平成23年度の統計で資源化率60パーセントを突破している。

自分は、わが町はどこまでできるのだろうとワクワクした。もちろん不安はあった。でも、たとえ厳密な意味での「ゼロ」が無理でも、とにかく生ごみ資源化さえできれば、すぐに「燃やすごみ」は半減するし、それに加えて、紙の資源化を徹底し、草木や布の資源化を開始すれば、「大幅減量」という成功ラインは、少なくとも「手の届かない高嶺の花」とは思えなかった。それに、この差し迫った現代社会にあって、こんな小さな町にゼロ・ウェイストができなくて、一体世界はどうするのだ!という思いもあった。何だかとてつもない舟に乗り込むことになったけれど、とにかくできることをして、見えてくるものを見てやらなければ、と思った。

幸運なことに、上司や同僚もすべて思いをひとつにしていた。これは今考えても、保守的だった我が町役場にあっては奇跡のようなことだった。新町長を支持する人たち(=数か月前には役場の「敵」だった人たち)は、もちろん諸手を上げて応援してくれた。最初に出した声明文は予想以上に好意的に受け止められ、「こんなに良い文書が町から出てきたのは初めてだ」と激賞してくれた人もいたし、「これを見て、この町に引っ越してきました」という若者さえいた(あとでそれを聞かされ、ただただ感動した)。新町長に反対してやろうと意気込んでいた人たちも、ゼロ・ウェイストの考え方そのものを否定することはできず、戸惑いを隠せないようだった。

好調な滑り出し。しかしもちろん、こんなに大胆なプロジェクトが順風満帆に進むはずはなかった。(次回へ)

2016.05.13 Friday

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