2016.05.13 Friday

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2013.05.18 Saturday

長男Kの近況

昨年5月の脊髄の手術から早1年(いや、その間のインドでの6ヵ月があまりに濃かったので、1年前のことなんて遥か昔のよう)。長男Kは、アメリカのキンダーガーテンを修了し、葉山町の小学校の普通学級に(体験のために)1カ月通わせてもらい、インドのフリースクールに半年通い、今は京都の公立小学校の育成学級(関東で言う特別支援学級)に2年生として通っている。

京都では、3月という年度末の転入だったにも関わらず、校長先生がものすごく前向きに迎え入れてくださり、育成学級を急きょKひとりのために4月から新設してくださった。養護学校や他校の育成学級で5年間も経験のある、体育大学出の若い男の先生に受け持っていただき、Kは毎日マンツーマンの指導を受けている。読み書きも、お絵描きも、運動も、音楽も、すべてKのペースに合わせた指導をしていただいており、あまりの有難さに、学校には足を向けては眠れないという状況になっている。
きめ細やかな個人指導のお陰か、或いはインドのパルバティ先生の蒔いた種が実を結び始めているのか、アメリカ時代から毎日続けている運動療法の成果が出ているのか、はたまた自然な成長の結果なのか、とにかく、7歳半を迎えた今、ついによろよろと「顔らしきもの」や「数字らしきもの」が書けるようになってきたのが、ここ数か月の飛躍的な進歩。加えて、一桁の足し算が(おはじきなどを使いながら)できるようになり、うんていがスイスイできるようになり、「ちょうちょ」がピアノで弾けるようになった(もちろん右手だけで「何とか」というレベルだけれど、それでも十分に感動的)。衝動が抑えられないことはまだ日に何度もあるけれど、とにかく毎日5時間目まで学校に通えて(送り迎えは必要だけれど)、病気にもならず、疲れすぎもせずに、こんなに恵まれた教育を受けられている現状は、これ以上望むべくもない。

2年前から始めた運動療法プログラム(Neurological Reorganization)は、度重なる引っ越しで生活のペースが変わるたびに挫折の危機に陥りながらも、何とか継続できている。当初は「2年間が目安」と聞いていたが、療術士のニナは「あと半年くらいね」。毎日これのために2時間くらいはかかっている。「お願いだから、1日でも早く終わってくれ!」というのが我が家の切なる願いだけれど(これさえなければ、どんなに夕食後の時間がゆったりしたものになるだろう…)、逆に「まだ終わらないということは、まだ成長の余地があるということ」とも言えるわけだから、やっていられるうちが華なのかな、とも思う。

※万が一興味のある方のために、お世話になっている療法士ニナの公式サイトはこちら(ビ
デオで話しているニナはちょっと怖い女性のように見えるかもしれないけれど、ものすごく良い人です)。アメリカを離れてからは、うちは3ケ月に1回スカイプで見てもらっていて、世界中どこに住んでいても、受けることは可能。

このプログラムは継続するのに本当にエネルギーが必要で、なかったらどんなに生活が楽だろうとも思うし、「やらねば」と思いすぎて叱りつけながらやるといういちばんやってはいけないパターンに陥ることもいまだにあるし、毎日終わったあとは疲れきってしまって、「今度は動物ごっこしよう!」と笑顔でおねだりしてくるKに「もう寝る時間!さっさと準備して!!」などと不機嫌オーラ全開で応じる自分にはつくづく嫌気が差すし、45分間の酸素マスクのセッションはテレビやDVDを見せながらやるのが一番簡単なので、テレビなんて本当はなるべく見せたくないのに毎日しっかり見せる羽目になり、しかも下の2歳の子まで一緒になってテレビにくぎ付けになっているのを見たりすると、「何だかな〜」と嘆息したくなることも多々ある。正直、「これだけの犠牲(?)を払って、本当にその価値があるのだろうか」と立ち止まりたくなる瞬間は、ある。そのたびに、2年前にプログラムを始めた直後からの飛躍的な成長の過程を噛みしめ、同時に、その飛躍的な成長が本当にこのプログラムのお陰なのかどうか永遠に検証できないという皮肉も思い、そしてまた、仮にこのプログラムが気休めに過ぎなかったとしても、そんな気休めがまた生活に一定の張りを持たせてくれている事実もぼんやりと感じる。実際、「すがるもの」が何もなかったら、今の生活は全然違ったものになってしまうだろう。2年間続けて来られたのは、とにかく「因果関係」は別として、「成長している」という実感が持ち続けられたことと、プログラムの内容が、感覚統合などの療法の考え方などと照らし合わせて、「やって悪いことではない(むしろやる方が良い)」と考えられる内容だったからに他ならない。

ニナは「これさえやればKは大丈夫になる」というような嘘っぽいことは一切言わず、「障害のせいで開花を阻まれているKの潜在能力を解き放つ手助けをしてあげなければいけない」と一貫して励まし続けてくれた。この考え方には全面的に共感できたし、実際、放っておけばいつまでもひとりで単純な電車遊びの反復に没入してしまうKを見ていると、勝手にどんどん体験の幅を広げていく健常児と違い、フィジカルな刺激を補足的に作り出してやる必要があるのは明らかだった。その必要性はこれからもずっとあり続けるはずなのに、逆に半年後にプログラムが終わってしまったら、そのあとはどうすればよいのか、ちょっと心もとない。新しい京都の地で、また新たに取り組める/受けられるものがないか、少し調べてみる必要があるかもしれない。

そんなこんなで、日々は変わらぬ混沌と、正解のない迷いの中で過ぎ去っていくけれど、Kはどんどん成長しているし、子育ての負担はぐんと減ってきている。そんな感謝と希望に満ちた、京都での日々。

↑車で20分ほどの静原にて。 

2016.05.13 Friday

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