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2013.04.17 Wednesday

予防接種考:インドとカリフォルニアの場合

興味のある方も多いかもしれないので、遅ればせながら、予防接種の話題を少し。

うちはもともと予防接種をさせない方針で、二人の子どもたちは生まれてこの方、予防接種は1本も打っていない。日本ではそういう人も増えているので、特に困ったことも起きないけれど、海外に行くとなると話は別。カリフォルニアとインド、それぞれの地でまったく別種の体験をした。

.リフォルニア編〜「予防接種を回避することは一体全体可能なのか?」の巻
アメリカに行くことが決まったとき、まず各方面から口々に言われたのが、「アメリカはとにかく予防接種の義務付けが厳しい」「とんでもない量を打たれる」「抜け道はない」「拒否すると学校に入れてもらえない」etc。実際に住んでいる日本人の方々にも聞いてみたが、皆さん、普通に予防接種をされている方ばかりで、「厳しく義務化されてます」「抜け道はないと思いますよ」という感じの返答ばかり返ってきた。
「法律で決まっているなら、仕方ないかな〜」と覚悟を決めかけたが、最後の最後にネット上で、カリフォルニア州の公式予防接種ハンドブックの7ページに、州の条例で「両親の個人的信条による回避が特別に認められている」という一文を発見した。このページをプリントアウトしたものを水戸黄門の印籠のように鞄に忍ばせ、現地の教育委員会に入学の手続きに赴いた。できる限り平静を装いながら「予防接種は打たせない方針なんです」と述べると、「OK。じゃあ、ここにチェックして、サインして」の一言で終わった。ハンドブックに書かれているような「供述書」や「レター」の作成など、まったく必要なかった。「あ、そう」の一言で、拍子抜けするくらい簡単に、予防接種は回避できた。

つくづく面白いと思ったのは、アドバイスをくださった方々が、例外なく「抜け道はありませんよ」と言ったのに、実際には正面きって堂々と通れる道があったということ。ある筋によれば、思想的にリベラルな北カリフォルニアは、予防接種を回避する向きが全米でも特に強く、実に10パーセント近くの児童が回避しているとか(←情報の真偽は確認していません)。やはりこの手の質問は、実際に当事者として経験した人(=回避しようと試みた人)からしか、正確な情報は得られないのだな、と知った。

▲ぅ鵐品圈繊嵳祝廟楴錣覆靴任癲∨榲に恐ろしい病気にかからずに済むのか?」の巻
インドに行くときは、話はまったく違った。アメリカと違って、予防接種を受けずに済むだろうかなどという心配はまったくなく、逆に、日本やアメリカと違って、衛生状況が悪く、いろいろな病原菌が蔓延していそうな中で、本当に予防接種をしないでも大丈夫なのか、という不安につきまとわれた。

これには簡単には結論を出せず、一時は「命の危険には代えられない。全部今から打とう」とまで考えた(実際には、予防接種にはスケジュールがあるので、1カ月ですべてをゼロから打つのは不可能だった)。本を読んだり、ネットで調べたりしても、「予防接種を受けたくない人がインドに住む」などというのはレアケースのようで、なかなかこちらの知りたい情報は得られなかった。

いろいろ調べて、「特に危険性の高いもの〜たとえばポリオと破傷風だけ打つ」というのがいちばん妥当のように思えた。はしかや水疱瘡などは、ほとんどの場合、死ぬような深刻な病気ではないので、予防接種など打たずに「しっかり感染して、治して、免疫をつけた方がよい」と覚悟を決められる。しかし、感染が後遺症や死につながる危険性が高いとなれば、それはやはり困る。「本当に危険性が高い病気を今一度調べて、いちばん危険なものだけ打つことにしよう」と決めた。

しかし、この「どの病気が本当に危険性が高いか」は、実際には非常に難しい問いで、なかなか答えは出せなかった。たとえば破傷風は、かかると死に至る可能性が非常に高い恐ろしい病気だが、破傷風菌は嫌気性なので、「田んぼの中で古釘が足裏に突き刺さった」などの特殊な状況を除けば、現代において通常の都市生活をしている限りにおいては、もはやほとんど感染のリスクがないらしいことが分かった。「とは言え、未体験のインド生活の中で、どんなシチュエーションに陥るか予想できない。恐い」という気持ちは拭えず、ぐるぐると悩んだ。

そんな時、出典は忘れてしまったのだが、学術的なサイト(?)で、「破傷風菌は実は生活環境中に偏在しており、それが体内に入っても、免疫が普通に働いていれば、発病しない。健康を害していたり、免疫が低下しているときに発病する」というような情報を目にした。さらに、有名な毛利子来先生の『予防接種に行く前に』を読み、予防接種の普及よりも、戦後の生活環境の向上によって、感染症の罹患率が激減したとする説があることを改めて知った。それでもなお、「本当の危険性」は分からないと思ったが、破傷風については「おそらく99パーセント以上は大丈夫なのだろう…」と思えた。

ポリオについては、小児麻痺につながる危険性も高く、何人か自然育児に造詣の深い方々(=通常だったら予防接種を奨めないような方々)に訊いても、「インドに行くんだったら、ポリオくらいはしておいた方が安心かもね…」という意見をいただくことが多かった。迷った妻は、思い切って、予防接種に慎重な有名な小児科医の先生に電話をかけた。遠方なので、出発準備のゴタゴタの中で受診しに行く余裕はなかったが、「もしかしたら「ポリオだけは受けた方がよい」などの一般的な助言をもらえるかもしれない」と考えたのだった。すると親切な先生は電話口で丁寧に話を聞いてくださり、「インドに行くとしても、私としては、何一つ受ける必要はないと思います」という、予想以上に潔い答えをいただいた。こちらの無責任な相談に、リスクを承知でアドバイスしてくださった善意に感動しつつも、あまりに潔すぎる回答に、「本当に大丈夫なんだろうか」と逆に不安になってしまった。

ふと、現地のインド人の同僚にメールで相談してみた。すると、驚いたことに、「自分は予防接種に全面的に反対で、予防接種は一切必要ないと思っている」という予想外に力強い答えが返ってきた。「インドにも予防接種をしない人は存在するの?」と確認すると、「打つ方が一般的だが、打たない選択をする人も多い。都市生活をしていれば、まず大丈夫。弊害の方が多いと信じている」との返信が来た。科学的な根拠とは別に、この「現地からの一声」がかなり決心を後押ししてくれた。

さらに、「念には念を」とポリオの罹患率について調べていたら、何とインドでも(そう、あの、人口10億人を超えるインドでも)、ポリオは過去数年間にわたって数えるほどしか感染例がなく、最後の感染者が出てから1年以上が経過したために「2012年初頭、ついにWHOのポリオ常在国のリストから外された」という情報を見つけた。ゴーサインだった。「これでかかったら、本当に不運だったと割り切れるだろう」と思える状況だった。

そんなこんなで、「おそらくは受けなくても大丈夫」という材料を各種揃えた上での渡航であったが、やはり「万が一の感染はありうるかもしれない=その重いリスクは自分で負わなければならない」という緊張は抱えていた。実際に現地に到着してみると、拍子抜けするくらい、予防接種をさせていない親に何人も遭遇することになり(リベラルな人とばかり付き合っていたせいもあるかもしれないけれど)、「なーんだ、あんなに心配しなくても大丈夫だったか」という感じだった。実際、何一つ重篤な病気にかからずに半年の滞在を終えて日本に帰ってくることができた。ただし、現地の衛生状況は日本よりも遥かに悪く、命の危険まではなくとも、「ひどい病気」には家族そろって何度もかかった。特に2才の長女Sは、日本やアメリカでは未体験の謎の皮膚感染を何度も発症し、もっと恐ろしい感染症に至るのではないかと肝を冷やした。滞在の後半は体調もだいぶ安定し、「普通にしていれば全然大丈夫」という自信のようなものもついたけれど、それでも滞在期間が残り少なくなるにつれ、「ああ、日本に無事に帰れる可能性が高まった」と安堵する気持ちが強まったのは事実だった。そのくらい、「日本では無縁」の病気の危険を身近に感じた半年だった。

長々と書いた挙句に、特に結論めいたものはないのだけれど、自分たちの正直な感想としては、「仝獣呂砲睛祝廟楴錣鮗けていない人はたくさんいるし、受けないことが即デンジャラスというような状況ではない」「特に、死に至る危険性が高く、感染の危険性が高い病気でない限り、それほど予防接種を心配する必要はないように思われる」「それでもなお、日本とは異次元の衛生状況であるインドでは、予想もしない病気にかかる危険性が遥かに高いように思われ、恐い」「て辰法滞在が長くなる場合には、感染の可能性も高くなると思われるため、心配である」「イ箸聾世─△修譴蕕離螢好は必ずしも予防接種で防げるわけではない―ポリオはもう常在していないわけだし、破傷風はほとんどかかる危険性がないわけだし、逆にマラリアやデング熱は予防接種では防ぎ切れないわけだし、狂犬病も実際に噛まれてからの対処で何とかなるようだし…」といったところだろうか。

インド行きで学んだのは、月並みだが、自分たちでよく考え、リスク込みで選択をしていくことの「重み」だった。結局、自分たちは医師でもないので、本当のところは分からないのだ(医師だって本当のところは分からないかもしれないけれど)。調べられる部分については調べ、あとのところは、自分たちの「価値観として」どう考えるか、しかないのだった。「感染症を予防接種で100%撲滅すべし」とする西洋医学的な政府や医師の主張に賛同するのか、「生活様式や衛生状況の改善こそが必要。副作用の危険や免疫の弱体化など、予防接種の弊害も大きい」とする主張を信じるのか。どちらかを100%信じることができれば、話は簡単だけれど、やはり自分の子どものリスクが絡むとなれば、そんなに簡単な話ではない。自分たちの場合は、基本路線は後者に置きつつも、「でも、本当にリスクが高いのであれば、打つ必要はあるかもしれない」「しかし、実際の現状を見てみれば、実はもはやそれほどリスクは高くないかもしれないのに、産業界の陰謀だか単なる慣性の法則だか分からないけれど、「本当に必要」の範疇を超えて予防接種が強要されすぎているような気がする」「それを無自覚に受け入れてしまってはいけないのではないか…」という煮え切らない自問の中で判断するよりほかなかった。農業になぞらえれば、「自然栽培を目指したい」「しかし、本当に自然栽培が可能なのかどうか確証はない」という狭間の中で、どの程度のリスクを踏まえ、どのくらい自分の気持ちに耳を傾けたいのか/傾けられるのか、という部分だったとも言えるだろう。今回は結果オーライだったけれど、そうでない可能性だってもちろんある。次はどうなるか分からない中で、毎回どういう選択をしていくのか。大げさなようだが、現代を生きる難しさと使命を感じさせられた体験だった。 

2019.11.08 Friday

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