2016.05.13 Friday

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


2012.12.14 Friday

インドの学校

インド生活のドタバタで、すっかり子どものことを書くのを忘れてしまっていたけれど、実は今回のインド滞在は、事前の心配とは裏腹に(「インドに特殊教育なんて存在しないんじゃないか?」)、長男Kの教育に関してはこれ以上ない"恵みの期間"となった。

一部で知られているとおり、インドは小学校から「トップの生徒」に合わせた詰め込み教育を施していくらしい。中上流の子どもはみな私立の学校に通い(※日本の私立小学校と違い、授業料は中産階級なら十分に手の届く水準で、私立校の数も多く、私立に通わせるのは「当然」という雰囲気)、すべての教育を英語で受ける(それに対して、公立校は現地語で教育を行う学校が多いとか)。家庭では、ヒンディー語、タミル語、ベンガル語などが母語でも、学校ではすべて英語となるため、大人になったとき、自分の「母語」では読み書きができない、というような事態も珍しくはないらしい(バークレーで同級生だったインド人も、「母語のベンガル語は読めもしなければ書けもしない。だから結果的に英語が母語のようなものなのだ」と話してくれ、自分は衝撃を受けた)。

そして、そんな「エリート志向」な環境に我が大切な長男Kを送り込むのはまったくもって気が進まない・・・と思っていたら、渡航1週間前になって、同僚Dから「Kに最適な学校を見つけたよ!」というメールが入った。まだ去年できたばかりのCascade Schoolという小さな小さな私立学校。生徒数はわずか12人。Dの友人に娘が学習障害を持つ人がおり、普通の学校には適応できなかったため、こちらに転校させてみたらあまりに素晴らしく、すっかり機嫌よく通っているのだと言う。ほかにどう情報収集したらよいのかも分からない中、授業料も聞かずに「Kもそこに通わせます」と即答する。

Cascade Schoolは、モンテッソーリの資格を取得した辣腕マダム、シャンカール先生がオープンしたあたらしい学校。いわゆる日本で言うところのフリースクールにあたり、ぱっと見た限りでも、12人の生徒のうち、少なくとも半数は何らかの障害を抱えている。モンテッソーリについては、自分はよく知らないけれど、どうやら「異なる年齢の子どもたちを一緒に教育する」のが特徴らしく、Cascade Schoolでは2歳〜12歳の子どもたちが「小さな子の組」と「大きな子の組」の2つに分かれて過ごしている。シャンカール先生から「妹さんもぜひ一緒にどうぞ!」と言われ、長男Kと長女Sは、いっしょに「小さな子の組」に入り、4歳児ふたり+5歳児ひとりと一緒に勉強することになった。

教室はこんな感じで、インドでは異例の(!)うつくしさ。トイレも清潔で、これ以上は望むべくもない(という気持ちは、インドに住んでいない方にはお分かりいただけないと思う・・・)。


5人の生徒に対して、先生はふたり。そのうち、ひとりの先生は10か月の赤ちゃんをつれてきて、世話しながら教えているので(さすがインド!)、常時6人の子どもが教室にいる形となる。さらに、もうひとりの先生も、別の学校に通わせている4歳の息子をしばしばこちらに連れてくる(これもさすがインド!)。通い始めてすぐに、最初の先生は自宅に招待してくれ、妻は、子どもの送り迎えの際にしばしば教室内で人生相談を受けるまでになった。もうひとりの先生は、しょっちゅうお弁当を多めに持ってきて、床に大きなバナナの葉っぱを敷いて、みんなに分けてくれる。僕が迎えに行って「わ、おいしそう!」と言うと、「ぜひ一緒にどうぞ」と子どもたちの輪に入れてくれる(子どもたちが手づかみで取ったあとのぐちゃぐちゃご飯を頂くのは、実は結構勇気がいる・・・)。こちらの先生のお宅にも先日お呼ばれし、いろいろご馳走してもらい、家の隅々まで見せてもらった(やはり洗濯は手洗いでやっているらしい!)。

この感動的にアットホームな環境で、Kは静かなる情熱家パルバティ先生の熱い個人指導を受けられることとなった。インドに来るまでは、このような状況を想像もしていなかったし、望んでもいなかったのだけれど、結果的には、これは現在のKにとってベストの環境だった。アメリカでも、一時帰国中の日本でも、それぞれ特殊教育枠のサポートを受けつつ公立校の普通学級に通ったKだけれど、当然ながら、授業の内容はKには難しすぎて、まったくついていけていなかった。どちらの学校でも、すばらしい担任の先生と、すばらしい同級生たちに恵まれ、社会性を育む上ではまたとない機会となったと感謝しているけれど、授業の中身の面では、よくわからない内容を何となくやり過ごしているだけ、というような印象がなくもなかった。もっとKが無理なく自然体で過ごすことができ、今のKにとって必要な訓練(普通の小学1年生が学ぶような内容ではなく、より基本的な集団のルールだったり、よりシンプルな数の概念だったり・・・)を受けさせてやれたら理想的なのだが・・・と思っていたら、ここCascade Schoolはその双方を真正面から提供してくれた。

パルバティ先生の指導を受け始めて3ケ月。これまでアクションペインティングのようななぐり書きしかできなかったKが、辛抱強く、意志を持って、よろよろと字をなぞったり、自分から丸や線を組み合わせて絵らしきものを書いたりするまでになってきた。集中力も増し、グリーンピースを鞘から取り出す作業を、30分以上もかけて、誇りと責任感をもってやり遂げられるようになった。数の概念も飛躍的に成長し、10回セットの運動療法をしているとき、何気なく「いま7回目だよ」と言ったら、「じゃ、あと3回だね!」という反応が返ってきたときは、我が子がまぶしすぎて目の前がくらくらしたほどだった。昨年の2月末から取り組んでいるニナの運動療法も引き続き続行しているし、アメリカや日本の学校で得たものの長期的な成果ももちろん出ていると思うけれど、これらの目覚ましい成長の数々は、どれもパルバティ先生が教室でKに与えてくれている課題と直結しており、やはり「適切な訓練」を受けることによって成長が促されているのかな、という印象がある。英語でのコミュニケーション能力も、アメリカの学校ではいわば「教室内に放置」されていたのが、ここでは個人指導で先生と一対一の対話が豊富にあるせいか、めきめきと伸びてきた。

授業料は、Kの分が月5千ルピー(7500円)、Sの分が月4千ルピー(6千円)。インドでは高い部類とは言え、本当にありがたい。そもそも、個人指導をしてくれる学校など、そうそう見つかるものではない(見つかったところで、日本だったら、高すぎて通わせられない)。Kの教育のことを考えると、つくづく「チェンナイに来てよかった」、そして、「もっとチェンナイにいたい」と思えてくる(自分のチェンナイでの雇用契約は6ヵ月で、現在、契約更新やほかの仕事の可能性などを検討し始めたところなのだけれど、契約を更新する場合でも、プロジェクトの関係で別の事務所に移ることになる可能性が高いため、チェンナイ生活は残り2か月で終わりそうな見込みとなっている)。

期せずして、Kに「受けさせてやりたい教育」を受けさせてやることのできたチェンナイ滞在となった。妻とも、「日本でも、もうしばらく、こんな風に保育園みたいな環境で過ごさせてやれたらいいのにね」「2学年下の子たちと一緒に保育園に通えたら、たぶんいちばん今のKの身の丈に合っているはずだけど、日本ってそれができないんだよね・・・」などと話している。インドでは、入学に際して、パスポート確認もされず、年齢も住所もすべて「自己申告」だった。Cascade Schoolのような理想的な教育はなかなか得られるものではないと思うけれど、もしかしたら「下の学年に受け入れてもらう」という程度の相談だったら、どこの学校でも朝飯前かもしれない(これはもしや発展途上国ならではの利点!?)。次なる地で、再びKにどんな教育の場が開けていくのか、悩ましいような楽しみなような気持ちを抱えつつ、今はとにかく、この降って湧いたような幸運を享受している。 

2016.05.13 Friday

スポンサーサイト


 
PROFILE
CATEGORY
ARCHIVES
LINK
SEARCH
  • log-in

  • (C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.