2016.05.13 Friday

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2012.12.12 Wednesday

洗濯機を使わない洗濯

以前書いたとおり、我が家には現在洗濯機がない。基本的に家政婦さんが週6日来てくれ、巨大なバケツを2〜3個使って洗濯をしてくれる。だから自分たちで毎日「洗濯機を使わない洗濯」をしているわけではないのだけれど、日曜日には家政婦さんは来ないし、その他の日でも突発的なお休み(祝日、結婚式、お寺に行く、風邪をひいた、腰が痛い、親族が亡くなったetc)が割に頻繁にあり、しかも事前の連絡がないこともしばしば。なので、結果として、1週間に平均2度程度は自分たちで「洗濯機を使わない洗濯」をする形になる。

これまではその役割をすべて妻が担ってくれており、「わたしがやると最低でも1時間かかるのに、どうしてガンタ(家政婦さん)はいつも20分で洗濯が終わっちゃうの!?」と憤慨する声を他人事のように聞き流していた。自分はと言えば、せっせとEM発酵液を作り(発酵物を作る作業は得意)、前日から洗濯物をEM液に漬け置きし、朝起きると、ガンタが来る1時間前にソープベリーの洗剤&重曹を加えて足で踏み洗いする。それに加えて、気が向いたときだけ、ふたりの子どもの夜の布おむつ(7才のKはいまだに夜のオムツがとれない。2歳半のSは、おむつなし育児の甲斐あってか、1歳11か月で昼間は完全におむつを卒業できたけれど、夜はまだ必要)が日に平均4枚出るので、その下洗いをする。その程度でも、洗濯機を使わない洗濯の営みを実感するには十分であり、21世紀に生きる日本人として、滅多にない貴重な挑戦をしているという自負のようなものを感じていた。

一昨日の日曜日。妻がやや体調不良だったので、「ここは一発、自分が洗濯を軽やかに肩代わりしてみせよう!」と思い立った。何しろ、おむつの下洗いと、毎朝の踏み洗いで、既にノウハウは熟知しているのだ。ガンタなんかよりも格段に上手に洗いあげ、芸術品のようにバリッと干してみせよう、などと色気を出したのが間違いのもとだった。ギューッ、ギューッと景気よく絞り、清潔の極致を目指していたのは前半だけ。30分もすると手に明らかな疲労が広がり、そのうち、絞るたびに鈍い痛みが走るようになる。手に目をやると、あろうことか、力を入れて絞りすぎたために、あちらこちらにマメができ、皮が剥けて出血しているのが4か所。もはや「ざっと絞る」ことすらできなくなり、最後は妻を呼んで「もう全部洗い終わったんだけど、手が痛くて絞れないから、絞ってくれる???」などとお願いする始末。

それでも、一応洗濯のほぼ全行程をはじめて一人でこなし、鼻高々にピシッと干したのはよいけれど、あとは両掌が痛すぎて、「食器洗いはパスさせてください」「子どもの抱っこもできません」「布巾を絞れないのでテーブルも拭けません」「もちろん料理もできません」「何もできないので、全部やってください」という情けない日曜日になってしまった。妻は笑ってくれたけれど、まことに面目ないことだった。まさか、洗濯ごときでこんなに手が痛くなろうとは。。。ガンタがいい加減に絞って終わらせようとするのも、まったくもって理解できると思えた体験だった。

しかし、図々しいようではあるけれど、この一度きりの経験で、自分の中では「洗濯機を使わない生活、やっていけるかも!」という手ごたえのようなものが生まれた。要は、絞るところだけが問題なのだ。「洗い」は、大きなバケツの中で踏み洗いするだけで相当きれいになる。そして、「絞り」については、妻はこの数か月の経験から既に勘所を押さえており、「決して力任せに絞る必要はない」ということを伝授してくれた。曰く、その日の天気によって、日差しの強い日ならば、そんなに絞らなくてもちゃんと乾く―天気が悪い日のみ、少し頑張って絞ればよい(なるほど!)。更に、絞るのが大変な厚手のものや大きなもの(シーツ、バスタオル、ズボンなど)は、いきなり絞らずにタオル掛けなどに吊るしておき、15分程度して水滴が落ち終わってから、てこの原理を利用して(?)、吊るしたまま絞ると簡単に絞れる、などなど。

そして、長期的には、「洗濯機を使わない洗濯に適した布地に移行していく」というのも、重要なポイントのように思える。以前も書いたけれど、日本から持ってきたTシャツやハンドタオルなどは、生地が分厚くて、本当に洗いにくい。対照的に、インドで手に入れた薄手のカディや子供服は、ザザザッと洗えて、あっという間に乾き、しかも、カラフルで汚れが全然目立たない。

思えば、11年前、テレビのない生活を始め、8年前には電子レンジと炊飯器を卒業した。そして今、インドでは、期せずして、家政婦さんの力を借りながらではあるけれど、掃除機と洗濯機のない生活を体験する機会に恵まれ、冷蔵庫だって、普通に使ってはいるけれど、毎日2時間の計画停電と月に一度の8時間停電に備えた節度ある使い方を強いられている(冷凍庫にはほとんど何も入れられない)。やってみれば、意外とできるものだね、というのが実感。もちろん「家電はもう必要ありません」というにはまだまだ程遠く、オーブンはやはり欲しいし、トースターだってあれば便利。コンピュータも電話も手放せない。それでも、「生活をできる範囲でそぎ落とすこと」、もしくは、「そぎ落とすことのできる基礎体力を養うこと」は、こと現代社会においては掛けがえのないことに思える。掃除機と洗濯機と冷蔵庫に依存しすぎない生活。気候や住居の構造の違う日本ではなかなか難しいかもしれないけれど、帰国してからも少しでも実現できたらうれしい。

↓インドならではの薄手の子供服。ブロックプリントという伝統技術(こぶし大程度の「はんこ」で、丹念に反復模様を作り出していく)を使った実に美しい布地。さっと洗えてすぐ乾き、思わず、手洗いの洗濯がたのしく思えてくるほど。こんな形で生活を転換していけたら、それはきっと心地よいことだと思う。


 

2016.05.13 Friday

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