2016.05.13 Friday

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2012.07.04 Wednesday

水回りのエコ

朝日新聞の契約更新時に「アタック」を山のようにせしめて喜んでいたのも今は昔、数年前からは、洗剤も石鹸もシャンプーも、身体に安全なもの、自然に分解されやすいものを選ぶようにしている。とは言え、使わないに越したことはないのだよなぁ、値段も高いし・・・と思ううち、いつしか、パン皿やティーカップ、油分のないみそ汁などは水だけで洗うようになった。

それを更に一段階ステップアップさせてくれたのが、昨秋バークレーを訪ねてくれた友人。料理を天職とする彼女は、洗い物にほとんどまったく洗剤を使わない。油分が「何となく残っているなぁ・・・」と思うようなものでも、「別にそれでいいんです」とあっけらかんとしている。「そうか!」と強いインスピレーションをもらった。昔一度だけ試したままになっていた、「洗剤を使わなくても油分が落ちる」びわこという布巾を再び使い始め、極限まで洗剤使用を控えてみようという挑戦開始。

いとも簡単に、食器用洗剤とスポンジは、うちの「生活必需品リスト」から抜け落ちた。洗剤なんてなくても、ほとんどのものはピカピカになる。今まで何て大量の洗剤を無駄に買っていたんだろう、いや、それ以上に、何て大量の洗剤を無駄に下水に流してしまったんだろう、と驚く。滅多に使わなくなった洗剤ボトルはほとんど不用品と化したため、そのうちシンク下に片づけられ、たまの揚げ物などで必要になったとき、取り出すのが面倒だったほど。そして、何となく雑菌の温床のような気がして嫌だったスポンジともおさらば。「びわこ」は洗って乾かして、常に清潔に使えるので、気持ちが良い。

「脱洗剤」がスムーズにできたのは、うちが菜食メインの食生活だったことも関係するかもしれない。毎日のように肉や魚を料理していれば、洗剤への依存度は必然的にもっと高くなると思う。逆に、動物性脂肪がなければ、洗い物などいとも簡単で、下水も汚れない。より自然に近い生活をしようと思えば、こんなところでも、菜食にはそれなりの必然性があるな、と感じる。

菜食で洗いやすくなるのは、食器ばかりでなくて、自分の身体も同じこと。ある時、妻が「脱シャンプーに挑戦する!」と言うので、最初は腰を抜かしたけれど、「物は試し」とトライしてみたら、こちらも難なく軌道に乗った。シャンプーの代わりに使ったのは、米のとぎ汁を発酵させて作る自家製の乳酸菌。免疫力も高めてくれるすぐれもの。もちろん、「シャンプー完全ゼロ!」と張り切る必要はなくて、何となく「今日はシャンプーが使いたいな」という日には、2週間に一度くらいシャンプーを使ったりする。でも、シャンプーを使うと、逆に髪の油分が過度に洗い流されてしまい、髪のバランスがくずれるような感覚もある。シャンプーとは、自然の油分まで洗い流して、足りなくなった分を整髪料で補う消費メカニズムだったのだなぁ、と感じ入る。

ちなみに、アメリカのバスルームは、日本の浴室とは違い、トイレの横に浴槽だけがデーンとある。間にはシャワーカーテンがあるのみで、いわゆる「洗い場」がない。深さもなくて、くつろげないし、洗い場がなくては子どもを入れるのも大変で(毎回子どもを入れたあとは、トイレの床が水浸し・・・)、段々入浴回数そのものが減っていった。清潔を由とする日本人としては、人に言うのがはばかられるけれど、バークレー滞在の後半、我が家の入浴回数は、多くて4〜5日に1度、少ないと1週間に1度まで激減した。それでも、言い訳をするようだけれど、カリフォルニアのドライな気候のゆえか、まったく不快な感じはしなかった。入浴しないと、お湯もいらず、バス用品もいらず、入浴時間も節約でき、浴槽の掃除も省ける。いいことづくめな感すらあったけれど、梅雨の日本に帰ってきたら、やはり毎日の入浴は不可欠だったので、これは仕方なく「カリフォルニアならではのエコ」と呼ぶことにしたい。

これが、我が家のバークレー生活の後半を彩った「水回りのエコ」の3分の2。更なる挑戦として、妻は洋服の洗濯の脱洗剤・脱洗濯機を敢行していたけれど、これは自分はノータッチだったので、書けることがない。良かったのは、暮らしの中で「必要!」と思い込んでいる大半のものは、「本当に必要」とは限らないのだと気づけたこと。使用頻度を減らすことなど朝飯前だし、いざとなれば、しばらく頼らずに生活することもできる。その経験は、自分にいくばくかの自信を与えてくれた。 

2016.05.13 Friday

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