2016.05.13 Friday

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2012.03.13 Tuesday

明らかになった我が子の障害

長男K。6歳3ケ月。自閉症でもダウン症でもない「広汎性発達障害」、つまり「よく分からない軽度発達障害」というカテゴリーで、これまで過ごしてきた。そんな状況にも既に何の違和感もなくなり、もはや正確な診断や原因を問う気持ちもなくなっていた今日この頃。

その障害の原因が、突然に明らかになった。染色体6番の欠失。症例の少ない稀なケースだという。青天の霹靂とは、まさにこのことだ。

やっと保険に入ることができ、ほとんど物見遊山のように出かけたカイザー病院。小児科の先生に「遺伝科にかかれば、もう少し詳しいことが分かるかもしれないわよ。紹介しましょうか?」と言われ、「ま、敢えて断る理由もないか…」という程度の消極的な気持ちで受診した遺伝科。そこで「何となく」受けた染色体検査で、あれよあれよという間にすべてが明るみに出たのだ。

分かった瞬間、体いっぱいの安堵と解放感に満たされた。。「何だ、原因は手の届かないところにあったんだ…」というのは、ちょっと走り出したいくらいに爽快なことだった。これまでも、決して日々の生活の中で思い悩んできたわけではないけれど(そう、むしろ楽天的で幸せな生活を送っている我が一族に感謝)、それでも、何とない「もやもや」が常にどこかにあった気がする。時には「新生児のときに抱っこで揺らしすぎただろうか…」などと思うようなこともあった。「何が悪かったわけでもない」とはっきり分かったのは、本当に大きな救いだ。

それに加えて、「治るわけではない」と分かったことも、ある種の安堵を与えてくれた。これまでずっと、いろいろなところからいろいろな種類の情報やアドバイスを受けとってきて、それはやはり少し重かった。「食べ物のバランスが取れていないのでは?」「もっと気持ちを満たしてあげれば、安定した子どもになるはず」「どこか身体の具合が悪いのでは?」「やっぱりまずは親の気持ちのバランスが第一」「引っ越しの方位が悪かったかも知れない」etc。どれも、そうかも知れないし、そうでないかも知れない。何を試しても、本当のところは分からないし、何が劇的に変わるわけでもない―そんなことの繰り返しに、無意識のうちにうっすらとした疲れが溜まってくるようなところがあった。ようやく、そんなすべてから自由になれる。

「次の子に同じ障害が出る可能性もほとんどゼロです」と聞かされ、そんな心配を夢にも考えつかずに二人目を既に産んでしまった自分たちのお気楽さにも苦笑。そう、まさか遺伝子に原因があろうなどとは思ってもみなかった。日本では2軒の専門病院にかかったけれど、1軒では「軽度知的障害でしょう」としか言われず、もう1軒の県立病院ではダウン症の染色体検査までしたけれど、「ダウン症には該当しません」としか言われなかった。ほかの染色体のことだって、調べればすぐに分かっただろうに、何で日本の病院では調べてくれなかったのだろう、と少し不思議に思う。しかし、もともと病院嫌いの我が家が、ここカリフォルニアでなぜか気に入る病院に出会い(あんまり気に入ったので、血液型検査はするわ、アレルギー検査までするわ、やりたい放題)、そこで事が判明したというのは、大きな運命の力のように思えてならない。

ドクターが説明してくれた内容は、Kのこれまでの発達過程とピタリと合致する部分がたくさんあった。これから合併症的な脊髄や脳の異常の検査が始まるけれど、それ以外に重大な心配は見受けられず、そういう意味でも安心したし、むしろ合併症の悪化を未然に調べて防げるのは本当によかった。…ということを、日本の親族が一緒によろこんでくれるのも、本当に幸せだった。

よいことづくめ。分かるってすばらしい。分かってみて、改めてKを眺めてみると、「染色体のハンディがあるのに、この子は何てすごいんだろう!」と、ドラマチックなほどの感動があった。今までとは、全然、見え方が違った。何という新鮮な気持ち! これから先、もっとずっとクリアに、この子のチャレンジと達成に前向きに向き合える気がする。

…そう思い、みんなでよろこび、迎えた翌日。「記念日」と称して、午前中からカフェ・ファニーにご馳走を食べに行き、帰宅した後、突然「状況」に呑まれたような感じになり、異常な眠気やら、無気力感に襲われた。微妙に熱っぽい感じで、「あ、呑まれてる…」と自分でわかったのがおかしかった。机に向かっても、とても勉強どころではなくて、思わずパソコンの検索画面に「染色体…」と打ち込んでしまう。別に初めて発達障害の事実を知らされたわけでもないのに、しかも、頭というよりは身体が動揺したことに驚いた。まぁ、控えめに言っても大きな事実なのだから、消化にしばらく時間がかかっても不思議はないだろう、と自分に言い聞かせることにしたけれど、多くの家族にとって、この種の告知が大きなショックを伴うのも想像に難くないと思った。うちは健康上の重大な心配もないし、かなり恵まれている方だ。それでも感じるこの重み。そんな患者のケアに備え、今回かかったカイザー病院では、医師の先生と「遺伝カウンセラー」の女性が二人一組で対応してくれた。電話で最初の結果を告げてくれたのも遺伝カウンセラーの女性。彼女はモデルさんのように美しく(これはたまたま)、大学院で「遺伝カウンセリング」の修士号まで修め(そんな分野があったんだ)、毎回プロとして完璧を上回るようなすばらしいコミュニケーションを提供してくれた。しかも「疑問や不安が湧いたら、いつでも直通電話に電話してくださいね」と言う。これには感激した。日本の医療現場ではまだ専門職としての導入はほとんどないようだけれど、医師や看護師への教育・認定制度がスタートしたり、いろいろな検討が進みつつある模様。かなり大切な部分だと思う。

Kにとって大きなブレークスルーになることを、根拠なく確信して臨んだ今回の渡米。既に、ニナの運動療法との出会い、劇的な成長、アメリカのキンダーガーテンでの適応、と予想を上回る収穫があったのに、滞在も残り秒読みになった今、再びやってきたこの超級の出来事。あらためて、自分の大学院での勉強がほとんど霞むほどに、Kに彩られたカリフォルニア滞在になったなと思う。来てよかった。

今回は、「Unique」というイギリスの非営利団体のウェブサイトの情報に助けられた。「レアケース」の染色体異常を抱える家族のための情報サポート機関。こういう団体の力強さ、ありがたさ、必要性を再び実感した。非営利のサポートグループにお世話になり続けたこの2年間。何か、自分たちにできるお返しを、本格的に考えていかなければと思う。 

2016.05.13 Friday

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