2016.05.13 Friday

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2012.01.10 Tuesday

キンダーガーテン、一学期を終えて

昨夏にキンダーガーテン(幼稚園)に入学した長男K。2週間あまりの冬休みを挟んで、今日から2学期目が始まった。

通常は5歳児が対象のキンダーガーテン。6歳になるKは、1学年遅らせての再挑戦となった。日本では「特別支援学級か養護学校」という二択しか考えていなかったのに、ここカリフォルニアでは「可能な限りの統合教育」がルールなので、Kくらいの発達の遅れでは(日本の療育手帳でいちばん軽度のB2に該当)選択の余地なく普通学級に配置され、専属アシスタントもつかない。日本では「普通学級に入ることによる劣等感やストレスなどの二次障害」が問題視されており、親の本心としてもKを普通学級に入れるのは恐かった。せっかくこれまでのびのびと育ってきているのに、普通の子たちの発達レベルに合わせたクラスの中で、Kが仲間に入れず、時間つぶしのような時間を過ごすことになってしまうのでは、と恐れていた。

最初の1学期を終えてみての結果は、当初想像もしなかったほどにすばらしいものだった。Kは学校での時間をごく自然に、自分のペースで楽しんでいるように見えた。家で取り組んでいる運動療法とも相まって、4カ月の間に驚くほど急激な成長が見られた。学期の終わり頃には、新しい環境に順応した「自信」のようなものさえ感じられた。

まず、先生に恵まれた。着任初年度の若い一生懸命な女の先生。傍で見ていて明らかに「持続不可能」と思えるほどの情熱をもって、子どもたちに接してくれた。毎週保護者にメールで送られてくるニュースレターは、他のクラスでも同じだと思うけれど、その週に子どもたちが何を勉強するのか、だれの誕生日があるのか、クラスの様子が詳細にわたって親と共有される。「心配事があったらいつでも気軽に知らせてください。メールでも、直接でも」という言葉のとおり、親とのコミュニケーションは尊重され、何でも相談できる環境が確保されていた。

そして、同級生に恵まれた。なにしろ、全校生徒の半数以上が英語以外の母語を持つというインターナショナルな環境。24人の同級生のやはり半数以上が外国人または外国出身の親を持っていた。顔も、髪の色も、仕草振る舞いも、多様そのもの。英語がほとんど話せない子もクラスに複数いる。日本の均質な環境にいたら、きっと即座に浮いてしまうであろうKだけれど、ここでは、少なくとも「属性」で目立つことはない。また、「可能な限りの統合教育」のため、クラスの中に、発達にでこぼこのある生徒がK以外にも2〜3人いるように見受けられた。「見受けられた」と言うのは、どの子がそれに該当するのか、結局のところは先生以外の誰も知らないからだ。教室での様子や、その子の親の話などから、「この子はチャレンジを抱えているんだな」と分かる子はいるけれど、「障害or健常児」のラベル分けはないので、すべての子が均等なグラデーションの中にいる。これは新鮮かつエキサイティングな世界だった。そして、チャレンジを抱える複数の子どもたちを見るために、学校が雇っている発達障害のスペシャリストが毎日30分〜1時間程度、教室に緩やかなサポートに入ってくれているようだった。障害を抱える子のための個別教育計画会議(IEP Meeting)では、このスペシャリストがリーダー役となり、適切な対応を検討・提案してくれる。

アットホームで鷹揚なアメリカの文化も追い風だった。集団生活に慣れ、学習の素地を作ることが目標のキンダーガーテンなので、決して放任ということはなく、私語はわりに厳しく注意されるようだし、指示に従わないと「廊下に立ってなさい」ならぬ「端っこの椅子に座ってなさい」というタイムアウトのルールもある模様。とは言え、やはり求められる「お行儀」のレベルは、日本とは段違いにゆるい印象。教室を覗くと、ソファーで寝そべりながら先生の話を聞いている子もいる。Kに至っては、先生から「授業時間の50%は床に寝そべってます」と聞かされて仰天したけれど、それを許容してもらえたことは、お行儀よく机に向かうのが困難なKにとっては、大きな幸運だったに違いない。生徒の個性や、個別の事情も、アメリカでは日本よりもずっと尊重される印象がある。うちの場合は、アレルギーもないのに菜食だったり、強い石鹸や消毒ジェルを避けたいなど、日本の学校だったらまず100%嫌な顔をされそうな事情がいくつもあったけれど、そんな事情に応えることは、少なくともここカリフォルニアの学校にとっては朝飯前だった。「保存の効くお菓子を私に預けてくれれば、ほかの子がお菓子を食べるときにKにそれを食べさせます」という先生のきめ細やかな提案には感服したし、石鹸に至っては、「K専用の自然派の石鹸を水道の脇に置けば済むことだわ」と言われ、爽快さすら感じた。

さらに、K自身の、キンダーガーテンという新しい場に至るまでの準備過程も万全だった。渡米後の最初の6か月間は、英語の得意な妻の母が同居してくれ、簡単な英語を、遊びの中で専属家庭教師のようにKに教え込んでくれた。教育委員会から勝ち得た4カ月限定のプリスクール(保育園)は、負荷の少ない条件下で新しい言葉と文化に馴染む機会をKに与えてくれた。キンダーガーテンに入学した日、Kは既にアルファベットをすべて知っていたし、簡単な英語なら理解できたし、アメリカ文化にもすっかり慣れていたのだった。

これらいくつもの好条件に助けられ、Kは思いのほか順調にクラスに溶け込むことができ、それは社会性が課題のKにとって、これ以上ない最高の成長の機会を与えてくれた。一時は「公立のキンダーガーテンにはもうお世話になるまい」とまで思い詰め、シュタイナー園への入学を本気で考えたほどなのに、世の中って分からないものだな、と思う。一時微妙に険悪になりかけた教育委員会との関係も、担当者が代わり、しこりはまったくなくなった。そもそも「50%は床に寝そべっている」Kを目の当りにして、「Kにはやはり何らかの対処が必要」という共通認識を関係者が共有できたことが大きい。すべてがプラスに作用した今、今日から始まる新学期に、Kがまたどれほどの成長を遂げるのかが、純粋にたのしみでならない。5月の大学院修了を控え、「Kのためにはここカリフォルニアでもう1〜2年暮らせたらいいのに」と思わず本気で考えてしまうほど。

ただ、仮に来年度以降もこちらの学校に通うことができたとしても、それはそれでまた様々な新しい問題に直面しなければならないのだと思う。そもそも、来年も良い担任の先生に恵まれるとは限らない。健常児との学習能力の差も、通常はどんどん開いていくはずなので、学期末の通信簿で「キンダーガーテンの学習目標を達成できない可能性があります」にチェックがつき、いまだに授業中におもらしをすることもあるKが、来年以降どんなハンディを抱えることになるのか、皆目見当もつかない。同級生との関係だって、今はまだキンダーガーテンだから、みんなまだ幼くて、ちょっと変わったKとも何となくじゃれ合ってくれるけれど、来年も同じ状況が続くかどうかは未知数だ。その兆候は今もあって、校庭で同級生と遊ぶKはいつも判を押したように鬼の役。悲鳴をあげて逃げ回る子どもたちを、Kがめちゃくちゃに追いかけるという光景は、一見微笑ましいものだけれど、その先にあるものを思うと、ふと気持ちが陰るのを感じる。接近するKから大げさに逃げ回る女の子たちの目は、既に心なしか「異常者」を見る者のそれになっている。無邪気なKはそのことに気づいていないし、もちろんそれに対処する術も持たない。

でも、先のことを心配しすぎるのはよくないし、結局のところ、何がどう転じるかはその時になってみなければ分からない。日本に帰ったら、みんなが小学校に入学してクラスに馴染んだ直後の6月に、いきなり海外から転入することになる。たぶん、Kは特別支援学級に入ることになるのだろうけれど、果たして相性の良い先生に恵まれるかどうか。日本の教育環境はKにとって有利になるのだろうか、不利になるのだろうか。運動療法の成果はどの程度Kのハンディを取り除いてくれるのだろうか。・・・あまりに不確定要素の多い今、すべきことは、むしろ今この瞬間の順調な状況を素直によろこび、感謝することだろう。異文化体験を成功裡に終えられたこと。キンダーガーテンで社会性を伸ばすチャンスを与えられたこと。運動療法プログラムに出会えたこと。今回の渡米はKの成長にいくつものプラスをもたらしてくれたと思う。今はそれで十分。残り数か月で得られるものに意識を集中させることにしたい。 

2016.05.13 Friday

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