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2011.07.16 Saturday

留学資金の調達

先日、留学を考えている友人に、留学資金のことを訊かれた。他の人の参考にもなると思うので、紹介します。

今回受給しているフルブライト奨学金は、いわゆる全額奨学金のひとつで、学費+生活費のすべてを支給してもらえる。学費は、うちの学校の場合は年間3万2千ドル(=300万円くらい/専門大学院なので州立大学にしては高め)、生活費は、扶養手当の加算まであるので、自分の場合は大体月25万円くらいを受け取っている気がする。※「気がする」と曖昧に言うのは、額が月によって異なったり、日本とアメリカの2か所からそれぞれ円とドルをもらったり、臨時の到着手当やら何やかやをおしなべて考えると、いつもよく分からなくなってしまうためです。。。

バークレー周辺は家賃がことのほか高く、今住んでいる家族寮も、学生寮にも関わらず、月の家賃が1500ドル(13万円くらい)。なので、正直なところ、月25万円では、家族の健康保険や毎学期数万円に及ぶ教科書代や長男の運動プログラムを含むすべてを賄うのはかなりきびしいものがあるけれど、それだって「大体すべてを賄える」という意味では、こんなに条件の良い奨学金はあまりないと思う。これがなければ、自分の今回の留学は不可能だった。

しかし!フルブライトには非常に厄介な制度があり、この「フル支給」は「1年目のみ」と定められている。2年目は何と「すべて込みで計1万5千ドルのみ支給」と決められていて、年間600万円に及ぶ「学費+生活費」の大半は自己責任で調達しなければならない。

聞くところによると、数年前までは、「初年度の資金さえあれば」、2年目以降は、それほど心配しなくても、学内の奨学金やら何やらで「何とかなる」と言われた時代もあったらしい(詳しいことは知らないけれど)。けれど、昨今の不況のせいか、カリフォルニア州の財政危機の故か、はたまた昔からそうだったのか、実際に入学してみたら、留学生が追加でもらえるような奨学金なんてほとんどなく、「ど、ど、どうしよう!??」という状況だった。

実は、留学前、もうひとつ、伊藤国際奨学金という奨学金からも内定をいただいていた。こちらは月18万円の生活費+学費全額が2年間にわたって支給されるので、この凄まじい円高を考えると、結果的にはこちらの方が圧倒的に条件は良かったはずだった。散々迷った挙句、妻と話し合って、「くよくよ考えず、2年目のお金は何とか現地で確保できると信じよう!」「結果的にうまく行かなくても、数百万円の車を買う人がいることを思えば大した問題ではない!」と思うことにして、敢えてフルブライトの国際ネットワークとやらに乗ってみることにしたのだった。

・・・しかし、1年目が終わるにつれ、やはりお金のことはそれなりに重く心にのしかかった(学期中は勉強が忙しすぎて、幸か不幸かほとんど忘れていたけれど)。

1. 資金調達の王道の「ティーチング」(院生として学部生の授業の補佐をする)。2年目にやることを見越して、入学早々、わざわざ語学の資格試験まで受けた。けれど、やはり「ただでさえ勉強が大変なのに、とてもやる余裕なんてない」というのが実情だった。中には、留学生でもやっている人がいて、本当に尊敬するし、きっとさぞかし良い経験になるのだなぁとは思うけれど、子持ちのアップアップの生活の中でやるのはほとんど自殺行為に等しく思えた。→選択肢消滅。

2. 奨学金→学内外をくまなく探すも、ほぼすべてアメリカ人向けに限られており、唯一見つけたインターナショナルオフィスの留学生対象の奨学金に申し込む。支給額は8月末まで分からない。訊ねても「数千ドルくらいが相場だけど、ケースバイケースだし・・・」などといった具合で、まったく埒が明かない。有難いことには変わらないけれど、全体の赤字を考えると、これでは焼け石に水といったところ。

一通り奔走して、さすがに万策尽きたかな、と思った。少なくともオフィシャルな資金源はもはやなかった。とりあえず秋学期の資金はあるし、その次の春学期の分は、何かしらの形で働いたり、何とかするしかないか、と覚悟も決めた。

その時、ふと、ずいぶん前に相談に行った大学院の総合窓口で、信じられないくらい横柄な職員から言われた言葉が脳裏に蘇った。

自分:「留学生でも応募できる奨学金の情報を探しているんだけど・・・」
職員:「ウェブサイトの奨学金リスト、ちゃんと全部見た?自分に適合しないのかどうか、もう一度きちんとチェックし直したら?ここではいちいち個別の相談に乗るような暇はないよ。そもそも自分の学科の担当者に学科内の奨学金がないかどうか確認したの?」
自分:「だって、うちの学科には内部の奨学金なんてないし・・・」
職員:「君、僕の質問に答えてないよ。実際に担当者に確認したのか、してないのか?してないんだろう?絶対に確認すべき。大抵は何かしらあるものだから。とにかくここでは何もできない。」

確認するまでもなく、うちの学科(公共政策大学院)には独自の奨学金なんてない(毎年いちばん優秀な新入生ひとりは授業料が免除されているらしいけれど)。「だけど、ほかにできることも尽きたし、何か新しい情報が出てくるかもしれないから、訊くだけ訊いてみるか・・・」と、重い腰を上げて、時々親切に声をかけてくれる学部長補佐の女性にメールを送ってみた。

何の返信もないまま、1週間、2週間、3週間。「ま、予想通りだな・・・」と思った頃。突然返信が来て、「返事が遅れてごめんなさい。残念ながら予算が厳しくて、2千ドルしかあげられません」と書いてある。驚いた。いきなり、もう、くれることになっている。額はたしかに少ないけれど、それだって大いに有難いし、何よりも、この展開の急さと、突如現れた積極的なサポートに大きなパワーをもらった。

「本当にありがとう。額の問題ではなく、この財政の中、こうしてサポートしてもらえるということを心底幸運に思います。このほかに、万が一、授業料免除などのプログラムを知っていたら、ぜひ教えてください」と返信すると、再び、まったく返事がない。1ヶ月以上経って、「もしかして、あの2千ドル、手続きを忘れられているんじゃなかろうか」と不安になり、気が重かったけれど、「奨学金の手続きは問題なく進んでおりますでしょうか」と再度メールを出してみた。すると、「返事が遅れて本当にごめんなさい。追加の匿名の寄付金があったので、5600ドルあげられることになりました。来年度のあなたの財政状況をもう少し詳しく教えてくれれば、もっと確保できるように最大限の努力をするわ。今週会って話をしましょう」と返事が来た。

本当に驚いた。こういうことって、アメリカでは普通なのだろうか。日本の感覚からすれば、公式な募集もないのに、相談しただけで奨学金を出してもらえるなどとは、想像だにしなかった。さっそく会いに行って我が財政状況を伝えると、「わかったわ。数週間の猶予をもらえるかしら?その間に、学部長に掛け合って、できる限りのサポートをとりつけるから。どうか安心して。決して心配しないで」と優しく言われた。いろいろ奔走してきて、最後にいちばん身近なところで、こんなに親身に助けてもらえるなんて、まったく予想していなかった。「何とお礼を言っていいか分からない」と言うと、「私に連絡をくれて本当にありがとう。でなければ、私は知らないままだもの。あなたは卒業後、我が校の財産の世界的な卒業生ネットワークの一部になるのだから、私はあなたに余計な心配のない、快適な2年間を過ごしてほしい。ここでの日々が、あなたのみならず、あなたの家族にとっても良い滞在になってほしいと願ってるのよ」。「既にすばらしい経験をさせてもらっている」とお礼を言うと、「それを聞いて本当に幸せ。1年間本当によく頑張ったわね。私たちがここで応援しているということを絶対に忘れないで。」

最高の気分だった。たぶん、ありえないほど良い人に恵まれたのだと思う(総合窓口の職員は本当に冷たかったわけだし)。それでも、こういう役職の枠を飛び出るような親身のサポートは、この国ならではの文化かもしれない、と思った。日本の大学でも大学院でも、家計の事情で奨学金をもらった。どちらの窓口でも、対応はきわめてドライだった(ひとりだけ親切な人がいたけれど)。アメリカでは、昨秋以来、息子の学校のことでは非営利の支援団体から絶大なサポートを受けるし、歯医者からは治療費を無料にしてもらうし・・・わずか1年足らずで特大サイズの支援を各所からもらった。もちろんそれは、元をただせば、教育委員会がなかなか動いてくれなかったり、保険制度が機能していなかったりするせいなのだけれど、この「支援」の力強さは、日本で過ごしていたときにはなかなか感じなかった種類のものだなぁ、と思う。

基本的には弱肉強食のアメリカ。今回の奨学金も、最終的にどの程度もらえるのかは分からない。でも、たとえ額面が十分でなかったとしても、こういうサポートをもらったという事実そのものが、その数字以上に、大きな力をくれる気がした。いろいろな不確定要素を抱えつつも、たくさんの「ありがとう」を胸に、いざ2年目へ。 

2019.11.08 Friday

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