2012.04.30 Monday

もうひと踏ん張り・・・

いよいよあと1週間ちょっとで、すべての勉強が終わる。いちばん大きな卒業プロジェクトは9割方終了。明後日までには書き終える予定。それから、環境倫理の10枚のレポートは既に9枚書き終わっているので、ざっと仕上げて金曜日までに提出。そして、環境規制の20枚のレポートが、まだ1枚も書いていないけれど、題材は大体揃っているので、何とか力技で来週火曜に迫った長男Kの手術までに終わらせる。

さすがに疲れてきた。が、何とかなりそう。「頭脳のハードワークは糖分を必要とする」とかいう噂(出所はどこだ?)を聞きつけ、普段はごく少量しか食べない砂糖入りの菓子を、完全に開き直って連日消費。それがないと過ごせない日々(そう言えば、先学期の最後は野菜スープで健全に乗り切ったのに・・・今学期は実践できず)。

今日は、青空のもと、大好きなCafeinaまで自転車を走らせ、パーシモン・ブレッド(柿のケーキ)を購入。



うまい。ここの手作りお菓子は、ファーマーズマーケットのMoonlite Bakeryと並んで、バークレーでもっとも気に入ったもののひとつ。

これらお菓子の伴に欠かせないのが、ホームロースティング(自家焙煎)のコーヒー!つい最近、葉山から訪ねてきた友人に教えてもらったばかりだけれど、これは最高。詳しくは、近日中にまた。


2012.04.25 Wednesday

歓喜のJAL

ついに帰国便が決定。何と、夢にまで見た(大げさ)JALの羽田便!奨学金サイドで支給されるので、どうせ安いデルタになるのだろうと思っていたら、「JALがたまたまいちばん安かったのでJALに決定しました」のお知らせが来た。歓喜!

空港のチェックインカウンターから始まる、あの(対アメリカ比)安心感120%のサービスを心ゆくまで味わうことにしよう。そして、羽田に降り立てる幸運を神に感謝することにしよう。

帰国の旅が俄然たのしみになってきた。


2012.04.14 Saturday

残すところ、大詰め・・・

最後の課題の提出期限まで、ついに4週間を切った!無事に提出できそうな目途もついてきているので、ひたすら「うれしい〜〜」というのが実感。本当に待ち遠しい。4月に入ってからは、家族で同時に酷い風邪をひき(こんなことは初めて)、しかもそれが長引き、まさしく修羅場だったけれど、こんな時も妻の母A子さんが、ちゃんと見計らったかのように、違う目的で駆けつけてくれて、まるまる2週間、ろくに観光もせずに献身的に家族4人の面倒を見てくれた。本当にありがとうございます。というか、来ていただけなかったら、我が家族は破滅していました、間違いなく・・・。

さて、当初の予定としては、

<当初スケジュール>5月10日に課題が終わって、2日後に卒業式があって、2週間足らずで荷物を整理して、家族寮を引き払って、ボリナスのパーマカルチャーに2週間滞在して、そのまま飛行機に飛び乗って、ビザの退去期限ぎりぎりの6月11日に帰国・・・

という、かなり挑戦的なスケジュールを敢行するつもりでいたのだけれど、ここに来て、染色体検査の余波で長男Kが脊髄の手術を受けることになり、その手術が5月8日に決まったので、急きょ予定変更・・・

<新スケジュール>4月末から手術の事前検査が始まって、5月7日までに大学の課題が終わって(おぉ、頑張らねば・・・)、8日に手術があって、10日に退院して、12日の卒業式は参加できるか見通しが立たず、Kは自宅静養2週間を経て抜糸。パーマカルチャーは潔く諦め、その代わり、のんびりと引っ越し準備をしながら、こちらでの友人とゆっくり最後に過ごす。

手術までは大入り満員だけれど、術後はずっとゆったりなスケジュールになった。パーマカルチャーに行けなくなったのはちょっと残念だけれど、Kの手術が受けられることが最優先だし(アメリカの医療技術はやっぱり良さそうだし、しかも保険にちゃんと入れているので、ほとんど無料で受けられるのだ!)、「やっぱり、ゆっくりスケジュールになって良かったね」と妻と二人胸をなでおろした。何しろ、当初スケジュールでは、いろいろと交流のあった人々にゆっくりさよならを言う暇もないままに帰ることになりそうで、実は困ったなと思っていたのだ。これで、Kも学年の最後までキンダーガーテンに通えるし、僕は僕で、最後の追い込みでグルテンフリーの試作に励むことにしよう(日本では材料が高いのだ!)。

Kの手術に合わせて、今度は僕自身の母がやって来て、卒業式を挟んでしばらく、最後の引っ越しの手伝いをしてくれることになっている。いちばん美しい初夏のバークレー。家族に支えられた2年間の生活を象徴するかのように、最後にやっぱり家族にお世話になって、時々出かけてカフェでご飯を食べたりしながら、何にも追われない時間を過ごせるのは、すごく良い思い出になりそうな予感がする。あと少し、頑張れそう。


2012.03.25 Sunday

春休み、ふたたび

去年の今頃は、311が勃発して、重苦しい気持ちの中、学校の課題に追われ、夏のインターン先を探していたなぁ、と思い出す。そして、春休みが来て、葉山から来た友人とともに、雪山シャスタを訪ねたのだった。

今年の3月は、Kのための病院通いがメインで(多いときは1週間に3回!)、さらに卒業後の仕事探しをちょこちょこと。学校の単位はあらかた取り終わっているので、前学期までに比べれば、勉強は遥かにゆったりで(とは言え、卒業プロジェクトの進捗が思わしくなく、憂鬱な顔をして、家族の不興をかったりもする)、週末には気に入りのNorth Bayやらサンフランシスコやら、いろいろなところを散策して歩いている。

仕事探しは、まだまだ半ばなれど、何となく道筋がついてきたような感じがする。目指すはごみの仕事。或いはそれに隣接するような分野の仕事。とりあえず、別の国や多国籍な環境で、ピンポイントな経験を積みたいと思っているので、期間限定のプロジェクト雇用などを中心に探している。今のところ、インドでのNGOのリサーチ業務のオファーをもらっているのと、国際機関の短期コンサルタントへの応募を進めており、まずはそのあたりに落ち着きそうな予感。一度は発展途上国を体験してみなければと思っていたので、もし順調にインドに住めるとしたら、それは願ってもみないこと。

しかし、いまさら驚くほどのことでもないけれど、日本人が環境政策関連の仕事を得ることの難しさといったら・・・。アメリカは非営利セクターの層が厚いので、「修士を出てパワフルな環境NGO」という力強い選択肢が存在しているし、さらに連邦政府・州政府・市役所の環境専門官のポストも、日本と違って「ピンポイント採用」なので(しかも遥かに流動的なので、頻繁に新規雇用が発生する)、かなり幅広い選択肢がある。修士修了者向けのフェローシップやリサーチ・アシスタントの雇用もずいぶんいろいろある印象。でも、自分は今回、奨学金の関係で卒業後2年間はアメリカでの雇用は認められないので、そうなると選択肢は本当に狭い。日本の環境NPOはほとんど存在していないに等しく(あっても新規雇用など皆無)、研究所・シンクタンクも雇用は稀で(それでもいくつかあるだけマシ)、フェローシップ等はもっぱら博士号取得者のみが対象となる。結果として、数えるほどの組織しか選択肢に残らず、あとは誰でも目指す権利だけはある国際機関が、可能性として目の前に残るのみ。

久々に、熾烈な競争社会の中に投げ出されたような気持ちになり、こうしてプラスアルファで勉強したり、さらなるステップを目指そうとすればするほど、競争の激化に見舞われるジレンマを思った。どの業種でもそうかもしれないけれど、こと政策の仕事は本当に間口が狭く、雇ってもらうためには、相当なまでに自分の履歴書を商品化していかなくてはならない。頑張らねば〜と思う一方、何だかそれって、人生の核心からはずれていくような気もし(体験の深まり、家族の幸せ、直感と勢い・・・)、あらためて自分の求める人生って何だろう、と考える。仕事を探していくだけでなくて、生み出していくことも・・・考えるべきなのかもしれない。


2012.03.13 Tuesday

明らかになった我が子の障害

長男K。6歳3ケ月。自閉症でもダウン症でもない「広汎性発達障害」、つまり「よく分からない軽度発達障害」というカテゴリーで、これまで過ごしてきた。そんな状況にも既に何の違和感もなくなり、もはや正確な診断や原因を問う気持ちもなくなっていた今日この頃。

その障害の原因が、突然に明らかになった。染色体6番の欠失。症例の少ない稀なケースだという。青天の霹靂とは、まさにこのことだ。

やっと保険に入ることができ、ほとんど物見遊山のように出かけたカイザー病院。小児科の先生に「遺伝科にかかれば、もう少し詳しいことが分かるかもしれないわよ。紹介しましょうか?」と言われ、「ま、敢えて断る理由もないか…」という程度の消極的な気持ちで受診した遺伝科。そこで「何となく」受けた染色体検査で、あれよあれよという間にすべてが明るみに出たのだ。

分かった瞬間、体いっぱいの安堵と解放感に満たされた。。「何だ、原因は手の届かないところにあったんだ…」というのは、ちょっと走り出したいくらいに爽快なことだった。これまでも、決して日々の生活の中で思い悩んできたわけではないけれど(そう、むしろ楽天的で幸せな生活を送っている我が一族に感謝)、それでも、何とない「もやもや」が常にどこかにあった気がする。時には「新生児のときに抱っこで揺らしすぎただろうか…」などと思うようなこともあった。「何が悪かったわけでもない」とはっきり分かったのは、本当に大きな救いだ。

それに加えて、「治るわけではない」と分かったことも、ある種の安堵を与えてくれた。これまでずっと、いろいろなところからいろいろな種類の情報やアドバイスを受けとってきて、それはやはり少し重かった。「食べ物のバランスが取れていないのでは?」「もっと気持ちを満たしてあげれば、安定した子どもになるはず」「どこか身体の具合が悪いのでは?」「やっぱりまずは親の気持ちのバランスが第一」「引っ越しの方位が悪かったかも知れない」etc。どれも、そうかも知れないし、そうでないかも知れない。何を試しても、本当のところは分からないし、何が劇的に変わるわけでもない―そんなことの繰り返しに、無意識のうちにうっすらとした疲れが溜まってくるようなところがあった。ようやく、そんなすべてから自由になれる。

「次の子に同じ障害が出る可能性もほとんどゼロです」と聞かされ、そんな心配を夢にも考えつかずに二人目を既に産んでしまった自分たちのお気楽さにも苦笑。そう、まさか遺伝子に原因があろうなどとは思ってもみなかった。日本では2軒の専門病院にかかったけれど、1軒では「軽度知的障害でしょう」としか言われず、もう1軒の県立病院ではダウン症の染色体検査までしたけれど、「ダウン症には該当しません」としか言われなかった。ほかの染色体のことだって、調べればすぐに分かっただろうに、何で日本の病院では調べてくれなかったのだろう、と少し不思議に思う。しかし、もともと病院嫌いの我が家が、ここカリフォルニアでなぜか気に入る病院に出会い(あんまり気に入ったので、血液型検査はするわ、アレルギー検査までするわ、やりたい放題)、そこで事が判明したというのは、大きな運命の力のように思えてならない。

ドクターが説明してくれた内容は、Kのこれまでの発達過程とピタリと合致する部分がたくさんあった。これから合併症的な脊髄や脳の異常の検査が始まるけれど、それ以外に重大な心配は見受けられず、そういう意味でも安心したし、むしろ合併症の悪化を未然に調べて防げるのは本当によかった。…ということを、日本の親族が一緒によろこんでくれるのも、本当に幸せだった。

よいことづくめ。分かるってすばらしい。分かってみて、改めてKを眺めてみると、「染色体のハンディがあるのに、この子は何てすごいんだろう!」と、ドラマチックなほどの感動があった。今までとは、全然、見え方が違った。何という新鮮な気持ち! これから先、もっとずっとクリアに、この子のチャレンジと達成に前向きに向き合える気がする。

…そう思い、みんなでよろこび、迎えた翌日。「記念日」と称して、午前中からカフェ・ファニーにご馳走を食べに行き、帰宅した後、突然「状況」に呑まれたような感じになり、異常な眠気やら、無気力感に襲われた。微妙に熱っぽい感じで、「あ、呑まれてる…」と自分でわかったのがおかしかった。机に向かっても、とても勉強どころではなくて、思わずパソコンの検索画面に「染色体…」と打ち込んでしまう。別に初めて発達障害の事実を知らされたわけでもないのに、しかも、頭というよりは身体が動揺したことに驚いた。まぁ、控えめに言っても大きな事実なのだから、消化にしばらく時間がかかっても不思議はないだろう、と自分に言い聞かせることにしたけれど、多くの家族にとって、この種の告知が大きなショックを伴うのも想像に難くないと思った。うちは健康上の重大な心配もないし、かなり恵まれている方だ。それでも感じるこの重み。そんな患者のケアに備え、今回かかったカイザー病院では、医師の先生と「遺伝カウンセラー」の女性が二人一組で対応してくれた。電話で最初の結果を告げてくれたのも遺伝カウンセラーの女性。彼女はモデルさんのように美しく(これはたまたま)、大学院で「遺伝カウンセリング」の修士号まで修め(そんな分野があったんだ)、毎回プロとして完璧を上回るようなすばらしいコミュニケーションを提供してくれた。しかも「疑問や不安が湧いたら、いつでも直通電話に電話してくださいね」と言う。これには感激した。日本の医療現場ではまだ専門職としての導入はほとんどないようだけれど、医師や看護師への教育・認定制度がスタートしたり、いろいろな検討が進みつつある模様。かなり大切な部分だと思う。

Kにとって大きなブレークスルーになることを、根拠なく確信して臨んだ今回の渡米。既に、ニナの運動療法との出会い、劇的な成長、アメリカのキンダーガーテンでの適応、と予想を上回る収穫があったのに、滞在も残り秒読みになった今、再びやってきたこの超級の出来事。あらためて、自分の大学院での勉強がほとんど霞むほどに、Kに彩られたカリフォルニア滞在になったなと思う。来てよかった。

今回は、「Unique」というイギリスの非営利団体のウェブサイトの情報に助けられた。「レアケース」の染色体異常を抱える家族のための情報サポート機関。こういう団体の力強さ、ありがたさ、必要性を再び実感した。非営利のサポートグループにお世話になり続けたこの2年間。何か、自分たちにできるお返しを、本格的に考えていかなければと思う。


2012.03.06 Tuesday

ごみを拾って生きる人たち

エジプトで、「ごみの中に住み、ごみを拾って生きる人たちがいる」という話は、何年か前にテレビのドキュメンタリーで初めて知った。「ザバレーン」と呼ばれるキリスト教の家系で、何代にもわたって、ごみを集め、仕分けし、中から取り出したガラス瓶や缶などの有価物の売り上げで生計を立てているという。インドでも、スラムに住む大勢の女性や子供が同じような作業に従事している。エジプトのザバレーンが映画で大きく取り上げられたことで、認知が高まりつつある。

・・・そんな壮絶な現実は発展途上国だけのものかと思っていたら、何とここカリフォルニア、それもすぐ隣り町のオークランドにも厳然と存在することを知った。インターン先に誘われて見学に行った「Alliance Metals」という施設は、俗に「waste pickers」または「scavengers」と呼ばれる、ごみを拾い集める人々が、集めたごみを仕分けして、お金に代える場所だ。

人口40万人のオークランド市は、人口11万人の大学町バークレーのすぐ南に位置し、犯罪発生率が数年前に全米4位になったという問題含みの自治体。中でも、ここウエスト・オークランドは、貧困、売春、ドラッグなど、数々の深刻な問題を抱える地区として知られている。案内してくれたチヒロ・ウィンブッシュ氏は、日系の血を引く若い映画監督。Alliance Metalsを舞台に、ごみを生業とする人々の生きざまを追って、初の長編ドキュメンタリーを撮っている。「Redemption(=贖い)」と題された作品は、来年のサンダンス映画祭への出品を睨んで、目下撮影進行中だという(必見の4分間サンプル・クリップはこちら)。

彼らは、スーパーから盗んできたショッピングカートや、自分の車を使って、路上に出された市民のごみを漁る。大半は浮浪者寸前といった風貌で、その行為はもちろん、町のルールに反する。その汚れたごちゃごちゃのごみをこの施設に持ってきて、凄まじい轟音と臭気の中、まったくの素手で分別し、お金に代えられるものをお金に代える。施設のオーナーによれば、「フルタイム」でごみを集めて来れば、1日数千円から1万円近い稼ぎになるのだという。

この目で見た光景を何と形容すればよいか・・・。これが本当にカリフォルニア? 所せましとひしめき合う、順番待ちの薄汚れたセダンは、窓からもトランクからもごみがはみ出している。ふと見ると、その中の1台には、2歳・4歳・6歳くらいの黒人の3兄妹が乗っており、母親がトランクから獲得物の積み下ろしをするのを、間断ない騒音の中、お絵かきに興じながら待っている。インタビューに答えてくれたジェーソンは、子どもの時からこの仕事をしているという元ギャング・メンバー。横にいる交際相手は、元売春婦。「もう刑務所には行きたくない。ドラッグからも足を洗って、こうして社会にとってもプラスになる「資源化」という行為で生き直そうとしている。でも、ごみを拾って歩くなんて、社会からは完全な落伍者か怠け者にしか見られない。」

彼らは身体が資本だけれど、路上生活や、ごみの残飯を食べたりして、体調を崩す者も少なくないのだという。親しげに話しかけてくれた韓国出身のハヨックは、どう見ても老女なのに、上記のサンプル・クリップを見たら、まだ57歳らしい。過酷な生活条件は、人の風貌さえをも老いさせてしまうのだろうか。

彼らの生活は、複雑に絡み合う問題の上に存在している。貧困と差別。不衛生で、不安定な仕事。それでも、この仕事は、犯罪と隣り合わせの環境の中にあって、彼らに、犯罪ではない作業で生き延びる貴重なオプションを与えている。しかも、彼らの素手で徹底的に仕分けされるごみは、一般家庭による生半可な分別を遥かに凌駕し、驚異のリサイクル率にまで到達している。反面、彼らの「有価物抜き取り」は、市主導の資源化事業の採算性を阻害しており、市民のプライバシー侵害も指摘されている。

経済社会の最後に残ったカスを、同じく競争社会からはみ出た者たちが、生活の糧にしている。これを社会の醜さと呼ばずして、何と呼べるだろう。

・・・とは言え、そこには強烈な美しさもあった。特に、案内された、施設からほど近い高架下。「ほら」と指さされた先にあるのは、一目で「死者に捧げられた」と分かる花束やおもちゃ。「ここで路上生活をしていた○○のために、ローズリンが毎日、集めてきたごみの中から、まだきれいな花やおもちゃを捧げているんだ。すごいラブストーリーだろう?」 聞いた瞬間、頭がくらくらした。概念としては理解しているつもりでいた、都市の貧困問題が、取り換えの効かないパーソナルストーリーとして一気に押し寄せてきた気がした。

社会を映し出す「ごみ」に、またひとつ、忘れられない思い出をもらった。


2012.02.23 Thursday

バークレーへ小旅行

ひょんなご縁から、バークレー中心街の邸宅に小旅行することになった。持ち主が旅行に出る間、2匹の飼い猫の面倒を見る条件で、住まわせてもらうことになったのだ。

キャンパスよりも近い場所への、2泊3日の週末旅行。




既によく知るバークレー中心街。でも、普段とは違う、少し豪奢な空間で過ごすバークレー中心街は、文字通り別世界。いっぱしの「リゾート」と呼ぶにふさわしい場所だった。

広いソファの上や、光の差す庭で、ただひたすらのんびりと過ごす午後。朝も、普通にパンでも食べればいいところ、わざわざ最寄りのカフェ(馴染みのNew Amsterdam Coffe Shop)まで繰り出し、気に入りのサラダをテイクアウト(器をあとで気軽に返しに行けることさえうれしい)。


気ままに庭のジャグジーに浸かり、今度は徒歩1分のファーマーズマーケットへ。

いちばん好きなお菓子屋。ムーンライト・ベーカリー。




夜は、階上に住む友人夫妻と小パーティ。時間も気にせず、子どもが寝入ったあとも、深夜まで語らう。


学期中なのに、何だか、びっくりするほど癒された週末だった。新しい場所への旅行もいいけれど、こんな近所への「旅行」にも、それに負けない良さがある。何がいいって、普段と同じ風景が、まるで違って見えてくること。そして、移動の疲れがまったくない。子どもがいて、なかなか旅行が億劫な現在の自分たちにとっては、理想的な旅行の形かもしれない。

声をかけてくれたKさんに感謝。そして、世の美しいお宅に住む人たちが旅行をするとき、もっとこんな風に留守邸を「貸し出して」くれたら、みんな(=自分たち)の暮らしがさらに愉しくなるのにな、などと空想した。


2012.02.20 Monday

日曜日のタイ寺院

バークレーのアシュビー付近にあるタイ寺院では、毎週日曜の昼、構内で賑やかな食べ物市が開かれる。信者による資金集めイベントで、かなり大規模。食べ物も結構行けるし、何より雰囲気がたのしいので、快晴の日曜日、時々思い出したように行きたくなる。


上はだいぶ地味な写真になってしまったけれど、真後ろにはきらびやかな仏堂(というのかな)があるし、向こうには目を瞠るほどしっとりと美しいタイ庭園もあって、異国情緒満開。毎回大人気で、少し出遅れると席の確保にも苦労するほど。お寺の周辺には、テイクアウトして芝生の上でタイ料理をがっつくヒッピー風の若者が目につく。システムは実によくオーガナイズされていて、支払いはすべて前払いで引き換えコインを買い、「おかずプレートはコイン7枚」「デザートはコイン4枚」という具合に引き換えていく。

↓こちらは3種のおかずプレート。写真だとぐちゃぐちゃだけれど、結構おいしい。ベジタリアン用にもいろいろ選択肢がある。たっぷりと唐辛子をかけて食べると、さらにおいしい。


↓これは名前をどうしても覚えられないたこ焼きのような見かけの、甘いココナツのお菓子。中にネギが入っている。


いちばん心惹かれるのは、写真を撮り忘れた「マンゴー・スティキーライス(Mango Sticky Rice)」。ココナツで甘く炊いたもち米とマンゴーの極上のデザート。思わず毎回買ってしまう。

わざわざ日本からバークレーに旅行に来た友人に薦めるのは気が引けるけれど、住んでいる自分たちにとってはなかなかリフレッシングで貴重な場所のひとつ。


2012.02.17 Friday

即席スーパー・ランチ

今学期は、授業も週3コマ。学校にほとんど行かなくてよいので、勉強は基本的に、寮の中にあるStudy Room(自習室)でしている。家から徒歩2分。もちろん、昼ごはんは家に戻ってきて食べる。

戻ってくるとは言え、勉強の途中なので、本格的なご飯の準備などする気になるはずはない。そんな中、ものすごく気に入っているのが、こちら、自画自賛の即席スーパー・ランチ。


ゆでただけの、味もついていない白いんげん豆やひよこ豆を、そのまま皿に盛りつけ、セロリ(または小ネギ)を適当に刻んで載せ、塩こうじとオリーブ油をたらす。所要時間一瞬。おそらくは塩こうじの複雑な風味のお陰で、これが美味きわまりない。ご飯に載せれば、大満足のどんぶりに。

もうひとつのお気に入りが、こちら、赤玉ねぎの酢漬けトースト。


妻が赤玉ねぎを刻んで、ガラス瓶の中で米酢に漬けこんだだけのもの。これをトーストに載せ、オリーブ油と塩をぱらり。色も実にうつくしい。

最近、味覚がよりシンプルなものを美味しく感じるように変化している気がする。ほとんど調理のプロセスを経ない、「そのまま」に近いもの。それがびっくりするほどおいしい。良い傾向だ、と思う。


2012.02.15 Wednesday

ミュアウッズ国立公園

ボリナス、そして、きれいなスティンソン・ビーチを経てのNorth Bay巡り。今回は、有名なミュアウッズ国立公園へ。


車でわずか45分で、こんな自然の中に入れるって、やはりなかなか凄い。これらの巨木はレッドウッドというセコイアの一種。「地球上でもっとも大きい生物」らしい。

上の写真を見ると、まるで、とんでもなく奥深いところまで足を踏み入れたようだけれど、もちろん二人の子どもを抱えた我々にはそんなことはできない。↓こんな風に、車いすの人たちでもアクセスできるように準備された木製の歩道のコースを利用する。


1時間ほどの散歩をたのしんで、帰りには入口脇のカフェテリアで軽くランチ。


オーガニック、ローカルの文字が並び、「はて、どの程度か」と注文した食べ物の美味しかったこと!とてもとても、国立公園の売店のカフェテリアの代物とは思えない。素材の良さを十全に生かした見事なラインナップに脱帽!


カーシェアリングの使用頻度、急上昇中。次なる目標は、ポイント・レースなる場所で、クジラが太平洋を北上していくところを眺めること!


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